シリーズ全体を読む
この記事は、Quilterの物理法則に基づくレイアウト自動化を使い、NXP i.MX 8M Mini搭載コンピューターを再現した過程を詳しく紹介するシリーズの一部です。
要約
QuilterとCadence Allegro X AIは同じ問題に取り組んでいますが、その解き方は概念的に異なります。Allegro X AIは配置、銅箔ポア、配線を自動化し、その結果をデザインルールチェック(DRC)に照らして検査します。このアプローチは従来のオートルーターに近く、基板の物理ではなく幾何に焦点を当てています。Quilterが目指すのは、完全に動く基板をコンパイルすることです。私たちのエンジンは設計意図、制約、層構成を受け取り、基板の幾何と制約を守りながらその物理を満たす候補を生成します。そのためにQuilterは、狙いを定めた電気的挙動を、後工程ではなく候補生成の最中に検査します。
QuilterはネイティブのAllegroファイルとOrCADファイルを扱えます。同じ基板で両方のツールを走らせ、どちらのアプローチが自分たちの設計に合うかを確かめられます。
Cadence Allegro X AIの仕組み
Cadenceは2023年4月にAllegro X AIを発表しました。Allegro X Design Platformに組み込まれた生成AI機能で、小~中規模の設計を対象としています。部品配置、銅箔ポア(電源層とグラウンド層)、重要ネットの配線を自動化し、Cadenceのクラウド基盤(Cadence OnCloud)上で動作して多数の配置戦略を評価します。Cadence自身が公開したベンチマークでは、経験のある設計者が3日かけた配置と配線の作業が75分で完了し、配線長が12%改善したとされています。
EMA Design Automationによる2025年の事例は、Allegro X AIが現在およそ5,100部品未満、ピン密度100ピン/cm²未満の基板に対応していると述べています。同じ事例で、EMAのチームは80部品・4層の基板をAllegro X AIに通し、配置を2分で得ました。手作業では推定60分であり、設計時間全体でおよそ3分の2の短縮です。チームは配置の品質を5点満点の4点と評価し、一部の部品が誤った層に置かれて手作業での調整が必要だったと記しています。
Allegro X AIの本当の利点は、Cadenceの顧客にとって手が届きやすいことです。チームがすでにOrCADやAllegroを使っているなら、それはすでにライセンスを持っているプラットフォームの中の一機能です。
Quilterの仕組み
Quilterは、既存のCADツールを置き換えるのではなく、それらと一緒に働くように作られたPCBレイアウト自動化ツールです。提出とレビューのためのインターフェースであり、CADツールではありません。ネイティブの設計ファイルをアップロードすると、Quilterは強化学習を使って何千ものレイアウト候補を生成し、物理を踏まえた制約に照らして採点します。配置、配線、そして電源ネットとグラウンドネットの銅箔ポア生成までを含み、受け取ったのと同じネイティブ形式で完成したレイアウトを返します。新しく覚えるソフトというより、回路図を渡す若手のレイアウト担当者だと考えてください。
私たちはこう捉えています。Quilterはネットを配線するのではなく、基板をコンパイルするのだと。すべてのレイアウト候補はPhysics Rule Checks(PRC)で検査されます。ある差動ペアがインピーダンス目標を保っているか、層をまたぐ遷移がリターンパスの連続性を保っているか、銅箔どうしの結合が許容範囲に収まっているかを問う自動検査であり、幾何がデザインルールチェック(DRC)を通るかどうかだけを見るのではありません。PRCは配線後だけでなく候補生成の最中に走るため、Quilterは出来の悪い候補を、あなたに見せる前に捨てられます。
QuilterはCADに依存しません。Altium、Cadence Allegro、Siemens Xpedition、KiCadのネイティブファイルをアップロードすれば、ネイティブファイルで返ってきます。すでに使っているツールで最終のDRCと製造データ出力にそのまま進めます。
最も明確な公開実績がProject Speedrunです。あるエンジニアがQuilterを使って2枚構成のコンピュータシステム、すなわちNXP i.MX 8M Miniを中心としたSystem-on-Moduleとベースボードを設計しました。2 GBのLPDDR4メモリ、843部品、5,141ピン、8層のHDI構成で、Sierra Circuitsが製造しています(Quilter, n.d.b)。Quilterの実行時間は配置、配線、物理検証で27時間、配線完了率は98%に達しました。人手による仕上げの合計は38.5時間(SOMに12時間、ベースボードに26.5時間)で、同等の手作業レイアウトの見積もり428時間(それぞれ190時間と238時間)に対する数字です。2枚とも初回の電源投入で完全に動作し、再試作はなく、LPDDR4のメモリアクセス、イーサネット、USB、HDMI、ハードウェアアクセラレーションされたグラフィックスが動きました。
ベンチマークの比較:実際に何が測られているのか
数字を比べる前にひとつ注意があります。両社が公開しているベンチマークは、別々のものを測っています。Cadenceの例は配置と配線の速さを単独で測っています。Quilterの代表的な数字は、回路図から製造・試験までを通した基板全体における、人手による仕上げ時間の合計を測っています。
| 出典 | 測られた作業 | 基板の条件 | 報告された結果 | 留意点 |
|---|---|---|---|---|
| Cadenceブログの例 | 配置と配線の高速化 | 出典に十分な記載なし | 3日から75分へ。配線長が12%改善 | 配置と配線の作業を単独で測っており、回路図から実機までの全工程ではない |
| EMAによるAllegro X AIの事例 | 部品配置の作業の流れ | 80部品、4層、低密度 | 配置は手作業60分に対して2分。全体では手作業70分に対して25分 | 配置中心。結果には引き続きレビューと仕上げが必要だった |
| Quilter Project Speedrun | AI支援のレイアウト全体に人手の仕上げを加えたもの。製造して試験済みの設計での測定 | 843部品、5,141ピン、8層HDI、2枚構成のシステム | 人手38.5時間に対し、手作業レイアウトの見積もりは428時間 | 自社によるベンチマーク。自分たちの基板での試用と併せると最も意味を持つ |
価格と導入形態
Quilterの価格の考え方は公開されています。単価自体は見積もりによりますが、費用はアップロード時点の未配線ピン数に基づき、事前に配線した部分は数に入らず、どの案件にも無制限の反復、並列実行、そして新しい案件とみなされるまで最大10%のBOMの余裕が含まれます。実際の金額を知るにはQuilterのチームと話す必要がありますが、その金額を何が動かすのかは最初から分かります。本稿のために確認したCadenceの資料には、Allegro X AIの公開価格も価格モデルも記載がありませんでした。Cadenceは一般的な企業向けライセンスを採用しており、通常は費用の把握に営業や販売パートナーとのやり取りが必要になります。
導入形態も異なります。Cadenceは、Allegro X AIが同社自身のクラウド基盤で動くと説明しています。セルフホストの提供が2026年に始まるとも述べていますが、発表はまだ確認できていません。Quilterはマネージドクラウド(AWS上、SOC 2 Type 2)または顧客自身の環境でのセルフホストを提供しています。
横並びの比較
| Cadence Allegro X AI | Quilter | |
|---|---|---|
| 自動化する範囲 | 部品配置、銅箔ポア、重要ネットの配線 | 配置、配線、電源とグラウンドのポア生成。生成の最中に物理的制約に照らして採点 |
| 検証のしかた | DRCに基づく。電気解析と熱解析はプラットフォーム内の別ツール | DRCに加えてPhysics Rule Checksを、生成中にすべての候補で採点 |
| CAD互換性 | Allegro X Design Platformのみ | Altium、Cadence Allegro、Siemens Xpedition、KiCadへネイティブ出力 |
| 公表されている適用範囲 | 小~中規模の設計が対象。およそ5,100部品未満、密度100ピン/cm²未満 | 5,000ピン以下、6 GHz未満、50 V以下、10 A以下、低~中密度。最新のパラメータを参照 |
| ビアの対応 | 詳細は公開されていない | 現時点では貫通ビアのみ。ブラインドとベリードは開発中、変更履歴を参照 |
| 導入形態 | クラウド | マネージドクラウド(SOC 2 Type 2)またはセルフホスト |
| 価格 | 企業向けライセンス。指標も単価も公開されていない | 案件ごと。未配線ピン数に基づく |
| 反復の扱い | 詳細は公開されていない | 案件ごとに無制限の反復と並列実行、最大10%のBOMの余裕 |
チームはどちらを先に評価すべきか
Cadence Allegro X AIから始めるのは、組織がCadenceのツールだけで動いていて、基板の複雑さが比較的低い場合に限ります。Quilterから始めるのは、組織が複数のECADツールにまたがって仕事をしている場合、独自形式ではなくネイティブ出力が必要な場合、営業と話す前に理解できる価格モデルを求めている場合、あるいは単一ベンダーのクラウドツールでは得られない導入の柔軟さが必要な場合です。これは幅広いチームに当てはまり、Cadenceにおおむね満足しているチームも含まれます。
両方のツールの公表範囲に収まる基板があり、同じ設計で準備時間、レイアウト品質、物理やSI/PIの所見、仕上げ時間、総費用を比べられるなら、両方を評価してください。QuilterはネイティブのAllegroファイルを読めるので、これを確かめるためにCadenceを離れる必要はありません。そして、自分たちの基板に何が合うのかを実際に教えてくれるのは、どちらかの会社の見出しの数字ではなく、この比較です。
まとめ
CadenceとQuilterは、どちらも同じボトルネックに取り組んでいます。回路図に込めた意図から、使えるPCBレイアウトに至るまでの時間です。
Cadenceは、確立された企業向けEDAプラットフォームを、AI支援の配置と配線で拡張しています。Quilterが狙っているのはその先です。配置と配線を速くするだけでなく、基板全体に対する物理検証済みのコンパイラを目指しています。狙いを定めた電気的挙動を、後工程の別解析として扱うのではなく、候補が生成されるたびに検査するのです。Quilterが今日うまく扱えるのは一定の種類の基板に限られますが、その差を基板のクラスごとに埋めていく明確な構想があります。ソフトウェアのコンパイラが、かつて技術者がアセンブリで手作業していた仕事を少しずつ引き受けていったように、です。手作業の流れの上に速い補助層として乗り続けるつもりはありません。
別の見方をすれば、Quilterはただひとつの問題、PCBレイアウトの自動化だけに全力を注いでいます。対してAllegro X AIは、Cadenceのポートフォリオにある多くの解決策のひとつです。ベスト・オブ・ブリードのツールを選ぶか、大手ベンダーのツール群をまとめて使うかという、よくある選択です。どちらにも理があり、選択はチームの必要と優先順位次第です。
よくあるご質問
QuilterとCadence Allegro X AIの主な違いは何ですか。
最大の違いはアーキテクチャです。Quilterは幾何だけでなく、狙いを定めた電気的挙動を、生成そのものの最中にすべてのレイアウト候補で検査します。これをPhysics Rule Checksと呼んでいます。Cadence自身の資料は、Allegro X AIの配置、配線、ポアの自動化を、Allegro X Design Platform内の別々の電気解析ツールや熱解析ツールと並ぶ機能として説明しています。QuilterはまたCADに依存せず、Altium、Cadence Allegro、Siemens Xpedition、KiCadへネイティブ出力を返しますが、Allegro X AIはCadence自身のプラットフォームの中で動きます。
Allegro X AIはCadenceのエコシステムの外でも使えますか。
本稿のために確認した公開情報の範囲では、使えません。CadenceはこれをAllegro X Design Platform上に構築され、そこから利用するものと説明しています。
どちらかのツールはPCBレイアウト技術者を完全に置き換えられますか。
いいえ。どちらもレイアウト設計の工程を速められる自動化ツールですが、技術者に取って代わることはできません。
参考文献
Cadence Design Systems. 2023.「Cadence Introduces Allegro X AI, Accelerating PCB Design with More Than 10X Reduction in Turnaround Time.」ニュースリリース、2023年4月6日。https://www.businesswire.com/news/home/20230406005098/en/Cadence-Introduces-Allegro-X-AI-Accelerating-PCB-Design-with-More-Than-10X-Reduction-in-Turnaround-Time.
Cadence PCB Solutions. 2025.「Generative AI for PCB Design with Allegro X AI.」Cadence PCB Design & Analysis Blog、2025年1月8日。https://resources.pcb.cadence.com/blog/2024-generative-ai-for-pcb-design-with-allegro-x-ai.
EMA Design Automation. 2025.「Accelerating Component Placement with Allegro X AI.」事例研究、2025年9月26日。https://www.ema-eda.com/ema-resources/case-study/case-study-accelerating-component-placement-with-allegro-x-ai/.
Quilter.「Design Capacity That Grows with You.」価格ページ。2026年6月取得。https://www.quilter.ai/pricing.
Quilter.「Project Speedrun: The First Computer Designed by AI.」2026年6月取得。https://www.quilter.ai/project-speedrun.
Quilter.「What Quilter Does Well.」製品ドキュメント。2026年6月取得。https://docs.quilter.ai/about-quilter/what-quilter-does-well.
Quilter.「What Quilter Isn't.」製品ドキュメント。2026年6月取得。https://docs.quilter.ai/about-quilter/what-quilter-isnt.
Quilter.「Changelog.」2026年6月取得。https://www.quilter.ai/changelog.
Quilter.「How Does Quilter Work?」製品ドキュメント。2026年6月取得。https://docs.quilter.ai/about-quilter/how-does-quilter-work.
Quilter.「Introducing: Physics Rule Checks.」Quilter Blog、2024年11月18日。https://www.quilter.ai/blog/physics-rule-checks.
Quilter.「The PCB Autorouter Was the Right Idea. Completion Rate Was the Wrong Target.」Quilter Blog。2026年6月3日公開、2026年6月4日更新。https://www.quilter.ai/blog/pcb-autorouter-was-the-right-idea.























